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美濃焼について

志野・織部・黄瀬戸

「桃山時代の焼物の中で最も多彩な作風を示したものは美濃の焼物である。」と川端康成がその作品の中に象徴的に書いています。(この美濃の焼物とは、志野、織部、黄瀬戸、瀬戸黒の事を指して言っているのです。)

「志野」は、美濃の山中で掘り出される「もぐさ土」を用い成型され、釉薬は「長石」を粉末化し、水を加えて施釉し、焼成は一、二00度〜一、二五0度で、長時間焚き上げる秘技に依って生まれてきます。志野の魅力は、その肌ざわりと初雪のような新鮮さ、又、炎の変化によって出てくる「ひいろ」にあります。志野は、鼠志野・絵志野・志野織部・赤志野・練り上げ志野等があり、なかでも大萱の牟田洞と云う地でもっともすぐれた作品が焼かれました。

「織部」は、美濃の久尻元屋敷と云う地で良品が多く焼かれました。千利休の高弟で、茶人でもあり武将でもあった古田織部が指導して焼かせたと伝えられています。織部の色、形は多種多様で中でも緑釉を施した器は、その美しい発色と、鉄絵で施された文様を主題として巧みに描かれているのが特徴で、布目が施されている作風が多く、種類として、青織部・鳴海織部・総織部・黒織部・赤織部等があります。

「黄瀬戸」は、黄金の器と呼ばれ形が端正で、しかも薄手で気品に富み、緑色に発色するタンパンと呼ばれる酸化銅を文様の周辺に打ち、優雅な風情を出しているのが特徴です。又、作風として「あぶらげ手」と称される春霞の様な窯変の状態が有り、高台内にはかすかなコゲ目が出て、肌はしっとりとして細かい小貫入りがあり、しかも釉の濃淡がある作風が最高の上がりとして重宝されています。焼物の中でも最も難しいとされているため、作り手はそう多くはありません。

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